何をしようとしても「トカトントン」という音が聞こえて白けてしまう。太宰治の知られざる奇書の擬音語と笑いを考察/斉藤紳士のガチ文学レビュー㉓
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「トカトントン」は絶望の音である。
昭和22年に太宰治が発表した短編である本作『トカトントン』は、タイトルこそリズミカルで楽しげではあるがその内容はまさに「絶望」「喪失」「無気力」を描いた深刻な小説である。
では、何に「絶望」し、「喪失感」を抱き、「無気力になる」お話なのか、あらすじを紹介しよう。
舞台は戦後の日本。主人公の「私」は何か物事を始めようとするたびに「トカトントン」という奇妙な音が聞こえてくる怪現象に悩まされる。
何かに集中した時や前向きに取り掛かろうとするとどこからともなく「トカトントン」が聞こえてきて、途端に「私」は無気力になってしまう。
青森県出身の「私」は26歳で終戦までの4年間を軍隊で過ごし、終戦後は郵便局で勤めるようになる。
「トカトントン」が初めて聞こえたのは昭和天皇の玉音放送を聞いたときだった。
玉音放送が終わると若き中尉が壇上に駆け上がり、「われわれ軍人は、あくまでも抗戦を続け、最後にはひとり残らず自決するぞ」と涙を流す。