ダ・ヴィンチWeb

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年6月号からの転載です。



あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!


誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。


さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?


(写真=首藤幹夫)


坂本葵『その本はまだルリユールされていない』



平凡社 1870円(税込)


●あらすじ●


司法書士になる夢をあきらめ、母校である花園小学校の図書館司書として働き始めたまふみ。実家に戻りたくない彼女が新居に選んだのは釣り堀近くのアパートだった。ある日アパートに併設された製本所「ルリユール工房」で働く瀧子親方とその孫である、天才製本家で他人と関わろうとしない由良子と知り合ったことをきっかけに、まふみは少しずつ手製本の美しさに魅せられていき――。


さかもと・あおい●1983年、愛知県生まれ。作家。東京大学文学部卒、同大学院人文社会系研究科博士課程を修了。大学の非常勤講師の傍ら執筆活動をはじめ、2014年に『吉祥寺の百日恋』で長編小説デビュー。


■【編集部寸評】



■綴じられた本は、タイムカプセル


先日、荒俣宏さんが所蔵する革装の貴重な本を拝見した。数百年前の誰かが読んだ本を、いま私が読んでいる事実に、えも言われぬ感情が湧いた。ルリユール工房で生まれる美しい本は、迷える者の道筋を優しく照らす。過去の後悔や将来への不安は、本のように綴じてしまえばいい。綴じられた本は未来へ向かって開かれるのだから。本が繋いだ人々の物語は、紙酔い、白紙の小説、青色病患者のための治療用インク、といった幻想的なモチーフに彩られ、音や色、匂いまでもがページから立ちのぼる。


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