※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年8月号からの転載です。
独身だったはずの上杉謙信には妻がいた
「歴史小説に対して、どんなイメージをお持ちですか?」
席につくなり、前のめりで問いかけてきた武川さん。読む側に知識が必要、人間関係が複雑……そんなマイナス面も含めて伝えると、大きくうなずいた。
「確かに、難しそうなジャンルだと思われていますよね。でも、そもそも私自身、そこまで日本史に詳しかったわけではなくて。ですから、私が書く歴史小説は知識がなくても楽しめるようにしたいんです。戦さと隣り合わせの戦国時代も、人間関係の悩みや子を思う気持ち、生きる楽しさ、生きづらさもまた今と変わりません。当時の日記を見ても『今日は二日酔いで仕事を休みました』なんて書いてあって、本当に私たちと同じような暮らしぶりなんですよね。特に今回の小説は、若い方や女性に読んでいただくことを念頭に置いたので、歴史上の人物を身近に感じていただけたらうれしいです」
その言葉どおり、『龍と謙信』は歴史音痴も夢中になれる一冊だ。中でも惹きつけられるのが、上杉謙信の人物像。「軍神」でありながらも、無鉄砲で直情的で時にかわいげも覗かせる。歴史に名を残す傑物も、私たちと同じ人間なんだと感じられる。
「謙信は“義の武将”と言われていますが、私にはその実像が見えなくて。そこで史料を調べたところ、予想外に面白い男だとわかったんです。国主なのにすべてが嫌になって家出したり、大酒飲みで馬上でもお酒が飲めるように持ち手がついた杯を愛用していたり。それに、手紙もすごく面白いんです。他の大名はビジネス文書のような手紙を書くのに、謙信は北条氏政を『馬鹿者』と腐したり、『腹筋に候』―今でいう『腹筋崩壊』なんて書いたりしている。その人間くささが面白く、興味を惹かれました」