逢坂冬馬氏の最新作『ブレイクショットの軌跡』(早川書房)は、独ソ戦を描いたデビュー作『同志少女よ、敵を撃て』、ナチ政権下の少年少女の物語『歌われなかった海賊へ』の過去2作の歴史ものからは趣を新たにした、現代が舞台の群像劇である。
日常に潜む危うさと真偽を問わない情報の暴力性といったトピックを盛り込み、国の基幹産業でもある自動車という存在を通して描かれる人々の階層は様々だ。ファンドグループの重役、町の板金工場の職人、二人のサッカー少年、自動車工場の期間工、資産設計のアドバイスをする人気YouTuber、不動産会社の営業マン、そしてアフリカの武装勢力。彼らのほとんどは善良であり、未来を思い描くことができるほどには前向きで聡明だ。しかし彼らは予期せぬ他者からの干渉によって日常の平穏から弾かれて人生が暗転していく。ここであまり多くは語れないが、彼らが巻き込まれるトラブルや犯罪のディテールの緻密さは、著者本人が実際に関わっていたのではないかと思えるほど真に迫る。
また、ユニークなのは彼らの数奇な運命に姿を現すブレイクショットという名の日本車の存在である。一般的に自動車は大衆車から高級車までそれぞれが纏うステータスが注目され、自動車によって所有者の社会階層は視覚化される。作中のブレイクショットという車はミドルハイクラスに位置される車であり、富裕層にとってそれほど特別ではない車ながらも一般の人にとってはステータスになり得るクラス、という絶妙な設定。だからこそ様々な階層である登場人物たちがこの車との関わりを持つことになり物語が連なっていく。