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※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年9月号からの転載です。



この題材をこう書くのは、世界ひろしといえどもこの人だけかもしれない。台湾出身の直木賞作家・東山彰良の『三毒狩り』は、ゾンビという言葉を使わずに書かれた、ゾンビものの変種となるエンタメ大作だ。


「昔からゾンビものが好きで、自分でも書いてみたいとずっと思っていたんです。やるならば『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』的な西洋風のゾンビではなく、中国のキョンシー伝説に近い死者蘇生譚にしたらどうかな、と。なおかつ生者視点ではなく死者視点にすることで、サバイバルでもディストピアでもない、ちょっと風変わりなゾンビものになるんじゃないかと思いました。そういう世界を書くならば、ゾンビ以外の言葉が必要になってくる。そこで『返魂鬼』という言葉を作ったところから、着想がどんどん広がっていきました」


主人公よりも先に、ラスボスを決めたそうだ。モチーフとなったのは、仏教における輪廻転生を表現した「六道輪廻図」の真ん中に描かれた、三毒(貪りの鶏、怒りの蛇、愚かさの豚)。冥界にいるはずの三毒が実体を伴い、現世にあらわれたとしたらどうなるか? そんな大惨事の背景には、戦後の中国で起きた歴史上の大事件が関わっていた。


「1964年に、新疆ウイグル自治区で初めての核実験が行われたんです。その実験で冥界に穴が開いて、大勢の霊魂が現世に逃げ出してしまうという流れはどうだろうと思いつきました。冥界にいた少年が現世に甦り、三毒や『返魂鬼』たちを退治しに行く、という物語が書けたら楽しそうじゃないですか。なんていうか、週刊少年マンガっぽいですよね(笑)。でも、書き進めていくうちに想定からどんどん話が変わっていったんです」


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