※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年11月号からの転載です。
もしも一般市民が、ある日突然、総理大臣の座に就いたら……?
2015年に刊行された『総理にされた男』は、そんな奇想天外な発想から生まれたポリティカル・エンターテインメント。“どんでん返しの帝王”として知られる中山七里さんにとって、初の非ミステリー小説でもあった。
「僕は、編集者からのオーダーにはすべて応える作家です。この小説は『ミステリー以外のジャンルでもいい』と依頼されたことから、構想しました。オファーをいただいた12年頃は、政治小説が下火でしたが、SNSでは政治的な意見を言う人が増えていて。保守とリベラルの分断化の兆しが芽生え始めた時期でした。ただ、SNSで声高にもの申すのは一部の人たちだけ。国民の6、7割を占めるサイレントマジョリティに共感してもらえるような、政治の話を書いてみたいと思いました」
そこで着想したのが、“替え玉総理”の物語だ。売れない舞台俳優の慎策は、時の総理・真垣統一郎に瓜二つ。真垣が病に倒れたことから、慎策は影武者として総理の代役を務めることになる。
「大統領に瓜二つな男が代役を演じるアメリカ映画『デーヴ』が下敷きなのではと言われましたが、僕の頭にあったのはチャップリンの『独裁者』。政治家ではなく、しかも権力に何の執着もない人が総理になったら、どんな化学反応が起こるのか見てみたくて。こうした設定なら、世の人たちも共感してくれるのではないかという思惑もありました」