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5歳から父親の仇討ちの復讐心に燃えていた男。彼が絵師・歌川国芳に出会った結果

2024年4月16日

  • ひらひら"
    『ひらひら』(崗田屋愉一/少年画報社)

    『ひらひら』(崗田屋愉一/少年画報社)は、江戸後期に活躍した絵師、歌川国芳とその一門に出会い、生きる愉しみを知っていく青年武士の物語である。


     物語は、「仇討ち」という本懐を遂げた後、生きる気力を失くした田坂伝八郎という武士が、自ら川に身を投げるところから始まる。舟遊びをしていた歌川国芳とその弟子たちによって命を救われたことをきっかけに、田坂は一門に入門。名を伝八と変え、武士の身分も捨て第二の人生を生きることに。


     当代一流の絵師、国芳には多くの弟子がいた。彼ら一門を「芳桐連(よしきりれん)」といい、絵師でありながら火事は江戸の華とばかりに駆け付け、自前の半纏を着て火消しをするような個性的な面々である。彼らは師匠の国芳をはじめ、誰もが己に忠実に、軽やかに生を謳歌している。


     一方で伝八は、正反対の人生を送っていた。


     5歳から「父親の仇討ち」という責務を背負わされ、剣の道一筋、女色も禁じられ厳しく育てられてきた。幼い頃から、「自分の父を殺した憎き相手を、武士の誇りにかけ成敗する」ことが決定付けられていたのだ。


     そんな伝八は、豪放で情の厚い自由人の国芳や、その個性豊かな家族、門人たちとの交流の中で、少しずつ「人生の愉しさ」を知っていく。「人を殺す」未来しかなく、またその目的も遂げ、空っぽになってしまった伝八の心を、国芳一門が様々な色で染めていく。また、絵師としての才能も芽生えつつあり、伝八の人生は順風に思えた。


     だがその矢先、伝八は殺人犯として罪を問われ、捕まってしまう。


     仇討ちは「主君や尊属を殺害した者に対する私刑として復讐を行う」幕府公認の制度。伝八が裁かれる理由はない。だが、なぜか伝八は黙秘し、国芳たちのもとから去ろうとしているようで……。伝八の仇討ちには、とある隠された「悲しき真実」があったのだった。


     本作は、歌川国芳という個性的な登場人物に、心が溶かされていくような作品だ。自ら命を絶とうとした伝八が、国芳一門によって癒されていくように、読者も彼らによって心が軽くなっていく。


     国芳のセリフに、こんなものがある。


    「風に舞う花を近くでよっく見てみねぇ。
    傷ひとつねぇまっさらな花びらなぞありゃしねぇ。
    皆どっか歪(いびつ)でどっか汚れてる。メエ(お前)に限ったこっちゃねエ。
    風に任せて漂え愉しめ。思う存分ひらひらと」


     少しでも失敗してしまったら、反省しても許されないような、堅苦しい現代。「完璧」や「清廉潔白」を求められ過ぎるこの時代に、彼の言葉は、何より読者の心を軽やかにさせてくれるのではないだろうか。


     およそ10年前に発売され、市場から消えてしまっていた本作は、時を経てほぼ全てが描き直された「セルフリメイク作品」。細部にわたる江戸文化の描写は、息づく人々の匂いまで感じられるようで、歴史好きにはたまらない一冊である。この機会に、「ひらひら」と、軽やかに生きる人々を堪能してもらいたい。


    文=雨野裾

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