ダ・ヴィンチWeb - ワラウ

戦争は双方の国にとって損なのに、なぜ起こるのか? 人が戦うメカニズムを「ゲーム理論」から解説した一冊

2024年4月25日

  • 戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか"
    『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』(クリストファー・ブラッドマン:著、神月健一:訳/草思社)

     戦争はなぜ起こるのだろうか?


     紛争、武力衝突、戦争、世界中には争いがあふれている。私たちが歴史で学んださまざまな戦争は、今地球で起こっていることと地続きなのだ。『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』(クリストファー・ブラッドマン:著、神月健一:訳/草思社)では戦争を引き起こすものは何か。平和をもたらすための術に加え、戦争についてのよくある議論の真偽、私たちがどう行動すべきかを経済学者・政治学者であり、暴力、犯罪貧困に対する研究を行っている著者が解き明かしている。


    ゲーム理論で戦争のインセンティブを考える


     実は、戦争はなかなか選択されない。できる限り、戦争を避けて通ろうとするのだ。


    政治的党派によって引き裂かれ、階級やイデオロギーによって分極化し、憎悪に満ちた社会でも、人々は戦場ではなく、議会で戦っている。だが、なぜか私たちはそうしたことを忘れがちだ。戦争に関する大著は書かれるが、何事もない平和は見過ごされる。注目を集めるのは、血まみれの光景や異常な事件だ。その一方で、静かな歩み寄りの瞬間は記憶から抜け落ちていく。


     と言われても、私たちは日々戦争のニュースを目の当たりにし、対立が絶えないと感じている。ただし、人とは、利益を取る生き物であることも知っているはずだ。戦争がなぜ避けられるのかが、本著では「ゲーム理論」を基に説明される。経済学や経営学でよく使われる理論なので、なじみがある人もいるだろう。


     ゲーム理論とは、複数のプレイヤーが存在し、何を選択するかでそれぞれの利害に影響を与える状況で取るべき戦略的行動を数学的に分析する理論である。私は数学が苦手なので正直不安だったが、「自分たちに一番利益があるのはどんな状態かを求める理論」くらいのざっくりした理解でも読み進められた。


     戦争は、各自がインセンティブ(利得。利益やメリット)を減らす行為なのだという。本来、戦争を起こすことで得られる利益は協調や交渉で得られる利益より少ないはずなのだ。しかし、その「妥協へのインセンティブ」を排除する理由があるから戦争が起こる。


     この本では「抑制されていない利益」「無形のインセンティブ」など、計5つが挙げられている。難解ではあるものの、歴史上、そして現在進行形で起こる紛争・戦争に当てはめると納得のいく理由ばかりである。


    さまざまな事例からひもとかれる人間の本質


     私は戦争で起こる人々の残虐性をとても恐ろしいと思っている。


     人は元来残虐で、暴力を楽しんでしまうから戦争が起こるのだ、という言説は常にある。暴力を楽しみ、戦闘に身を置くことに喜びを覚えてしまう。こうした事象は、本著では「無形のインセンティブ」に分類されている。


     フーリガンへ潜入した研究者の話はとても興味深かった。フーリガンとはサッカーチームの熱狂的サポーターの集団で、迷惑行為を繰り広げ、時には集団で暴動のような行動を取る。彼らはそれを楽しみ、高揚感がもたらされているそうだ。(だから、病みつきになる)


    人間が「パロキアル」〔自分の周辺の狭い範囲内だけに価値を認め、それのみを尊重しようとすること〕な存在だということである。人間は、すぐに、共有する要素の多い人々でグループや部族を形成し、外集団よりも自分の集団のメンバーを偏愛しようとする。


     この「パロキアル」という単語は、今回初めて聞いた。少し定義が難しいかもしれないが、


    わかりやすく言えば、「自分のグループの一員である限り、その人を大切にする」ということだ。


     親戚や友人関係、職場、思い当たる節がある人も多いはずだ。


     人が起こすものである以上、戦争について学ぶことは、人について学ぶことにもつながる。戦争や暴力への道は、こうした私たちの身近な感覚のそばにも潜んでいる。


     それでは、戦争をどう回避するのか。後半では、平和をもたらすための5つの手段、「相互依存」「抑制と均衡」「規則の制定と執行」「介入」について解説されている。国や部族、異なる宗教の者同士といった対立を避けるためにどういう努力が、交渉が重ねられているのか。その一端を知ることができる。


     世の中の理不尽さや恐ろしさに負けそうになった時、理論が、知識が必ず下支えになってくれる、と、読み進めながら感じた。


    分厚い力強い専門書が教えてくれること


     本文だけで450ページ。注釈、参考文献のリストだけでも100ページある、非常に分厚い本である。かなり専門的な部分もあるので、読み切るのは大変だった。正直、今までブックレビューを書いてきた中で、一、二を争うハードさだった。しかし、今の時代に読むべき本であり、読めてよかったと思う。


     戦争と平和は、どちらも行動の先にある。ウクライナとロシアの対立が終わらず、ガザ侵攻から数ヶ月が経った今、分厚さに食らいついて読んでみることも、平和に向かう一歩と言えるかもしれない。


    文=宇野なおみ

  • スタンプを獲得するには、一度 ワラウ を経由してください

    記事一覧に戻る