ダ・ヴィンチWeb

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年1月号からの転載です。



“お守りとしての本”となることに特化したものを書いてみたかったんです


「列に並ぶ」というモチーフを何通りにも変奏して描くなど、不条理で実験的な作風に挑戦した前著『列』が第77回(2024年度)野間文芸賞を受賞し話題を集めた、中村文則。最新作『彼の左手は蛇』は、『列』とはまったく異なるアプローチで執筆された作品だ。


「『列』のように新しい挑戦をするというよりは、自分が作家としてこれまで培ってきたものを全部出そうと思ったんです。例えば、僕は『手記』という形式が好きでよく小説の中に出してきたんですが、今回は最初から最後まで手記。いわば、手記全開です(笑)。ひとりの人間がひた隠しにしてきた自分の内面を、文章で全て曝け出す。そうやって書かれたものを読むことで、他者と奥深くのところで繋がるというのは、やっぱり面白いですよ。文学の一番のコアの部分ではないか、と改めて感じました」


中村作品らしい「仕掛け」も盛り込まれている。


「これは記事にしてもらっても大丈夫なんですが、表紙が既に伏線になっているんです。作品全体にトリックを施すということは、『去年の冬、きみと別れ』(13年)などでもやったことなんですが、今回はより直接的に仕掛けてみました」


物語の着想の出発点は、蛇への興味だったという。


「蛇は昔から小説の中に登場させていたんですが、その歴史をちゃんと調べてみようと思ったんです。すると、仏教やキリスト教といった今の多数派の宗教が広がる前に、世界的に蛇信仰というものがあったことを知りました。日本でも縄文期に存在していたんです。蛇信仰が衰退していった時に何が起こったかというと、例えばキリスト教でも言われる『エデンの園』の逸話で、人間をそそのかしたとされる生物は蛇でした。つまり、後から来る宗教にとって悪役みたいに扱われるようになったんです。その構図を見た時に、大きい存在に対する少数の感じというか、カウンターというか、そういった部分が非常に僕っぽいなと思ったんですよね。蛇に自分の存在を重ねる男性の話を書いたらどうだろう、というイメージが生まれていったんです」


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