ダ・ヴィンチWeb


東海道川崎宿から川を渡った向こう岸、六郷大橋の辺りに男の棲み処があった。


長屋の店子で唯一の独り者であり、六畳の部屋に薄い布団を敷いて寝起きした。


日が昇る前には起き出して、竈に火を入れ飯の支度を始める。


女房に先立たれた気の毒な男やもめを演じてはいるが、実のところ結婚というものをした事がない。


東北の田舎に年老いた父母を残し、街道沿いで暮らしてもう二十年になる。


気が付けば齢四十を超え、醜く太った男に若い時分の面影はない。


今朝も麦を混ぜて飯を炊き、鍋に湯を沸かして味噌汁を作った。


汁の実は刻んだ葱、味の師も流儀もなく全て我流であった。


茶碗に飯をよそい、味噌汁と漬物で神妙に食う。


独り者の食事は実に孤独である。


静かな六畳間にぱりぱりと漬物を齧る音だけが聞こえた。


茶碗を水に浸け、釜を覗くとまだ飯が残っている。


ぎゅうと掴んで握り飯を拵え、竹の皮で包んで昼に使う弁当にした。


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