
日本は味噌汁の国である。そのスープは文字通り我が国独自の料理であるとともに、生温かく複雑な味わいで中に入っているモノが透けて見えない――まるで日本の社会そのものなのだ。
村上龍氏が『限りなく透明に近いブルー』(講談社)でデビューした1976年からちょうど50年の節目の年、今あらためてすすめたいのが久しぶりに読み返してみた『イン・ザ・ミソスープ』(幻冬舎)だ。

読後感は変わらなかった。後味は、苦い。言葉を選ばずに言うのならば、ぞっとする感覚と不快感が残る。それでもなお、読んでほしいと思った。
その理由は二つある。まず恐怖小説としてのスリルは今でも通用する間違いないエンタメだからだ。そしてもうひとつは、四半世紀前に書かれたこの物語が令和の私たちの日常と地続きで、現在の東京を描き出しており、私たち自身を驚くほど正確に映し出しているからだ。