※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年3月号からの転載です。

江戸の芝居街で起きた仇討ちの真相を巡る物語『木挽町のあだ討ち』(2023年)が山本周五郎賞&直木賞をW受賞し、ブレイクを遂げた歴史時代小説作家の永井紗耶子。同作は昨年4月に歌舞伎化され、実写映画化作品も2月27日より公開予定だ。メディア対応もどっと増え多忙な日々を送ってきたはずだが、むしろ執筆ペースは上がっている。
「書きたいものがありすぎるんです。少し前までは書かせてもらえる場所を自分で見つけなければいけない状態だったんですが、ありがたいことに今は“何か書きませんか?”と声をかけていただける。ノーと言えるはずがありません」
書くことで、新たに書きたいものが見つかる。そんな幸福な連鎖から生まれたのが、2月10日刊の最新長編『青青といく』だ。
「江戸の戯作者・栗杖亭鬼卵について書いた『きらん風月』という作品の調べ物をしていた時、同時代を生きた経世家である海保青陵のことがちょろっと出てきました。この人はヘンな人だぞ、掘り甲斐がありそうだなと思っていたんです。そんな時に編集者さんから“最近、面白いなと思っている人はいますか?”と聞かれ、名前を出したらノッてくださって。海保青陵自身もヘンだし面白いんですが、彼の周りも変人だらけ。裏テーマは“江戸時代の変人祭りをやろう!”です(笑)」
この人は変人ですよと示すこれ以上ないエピソード
文化14(1817)年の1月末、海保青陵が暮らす京都の邸宅へと、16歳の堺屋弥兵衛が足を運ぶ場面から小説は始まる。弥兵衛は老舗京弓師の跡取り息子であったが、手先が不器用だった。せめて算盤勘定の才能を伸ばしたいと願っていた矢先、海保青陵の著書『稽古談』をたまたま手にする。本をめくって、驚いた。〈世の中を変えるのは「経世済民」の統治であり、その要こそが、「商い」だ〉。それまで弥兵衛は、武士や百姓に比べると商人は、卑小で役に立たない存在だと思っていたのだ。のめり込んで熟読し、〈「商い」が持つ力の大きさに、不意に目の前がぱっと明るくなるような興奮が沸き上がって来た〉。どうしても本人に会ってみたくなり、この日門を叩いたのだ。そして、師弟関係を結ぶこととなった。しかし、それから4カ月で師は亡くなってしまい……まさか中心人物となるはずの偉人が早々に物語から退場してしまうとは!