ダ・ヴィンチWeb

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年3月号からの転載です。



『神の蝶、舞う果て』は、上橋さんにとって、長い間、記憶の底に眠っていた作品だった。


「この物語を連載していたのは、『守り人』シリーズを執筆している最中でした。お引き受けしたものの、連載というかたちで物語を書くこと自体、私には不向きだったのでしょうね。連載終了時に、本にしたいと声をかけてくださった編集者さんもいて、なんとか修正してお渡しできたらと試行錯誤したのですが、うまくいかなくて、当時は本にしなかったんです。編集者さんたちには申し訳ありませんでしたと謝って。雑誌連載をしたのはあの一度きりです」


その後の作品に繋がる大切な要素がすでに入っていた


それから四半世紀近く経ったある日、講談社の若い編集者にふとその話をしたところ、「私、憶えています。小学生の時、第一回を読みました」と。あの頃の読者が目の前の担当編集者とは、なんという巡りあわせか。


「彼女の目がキラッと光って(笑)、ぜひ全部読みたい、できれば本にしたいと。うまく修正できなかった記憶があったし、掲載誌の大半は蔵書の山に埋もれていて探し出すのは難しいし、最初は乗り気ではなかったのですが、その編集者さんと『獣の奏者』を担当した編集者さんが古書店を回って、掲載誌を全部、探し出してくださったんです」


かくして封印は解かれた。


読み返して最初に思ったのは「ああ若かったなあ、でした」と笑う。


「大学で働きながら、オーストラリアでフィールドワークも行い、『守り人』シリーズを書いていた時期に、やったことのない連載を引き受けたなんて。多分、生物の共生や共進化に興味を持ち始めて、本を読んだりしているうちに、この物語のイメージが生まれてきたのかなと思うのですが、ごめんなさい、執筆当時のことは覚えていないんです。今読んでみると、やはり、あらら、と思う部分もありましたが、その一方で、あの頃の自分の熱と勢いのようなものも感じました。それにね、『獣の奏者』や『鹿の王』、『香君』に繋がっていく何かが、この物語を書いたことで芽生えたのかも、と感じたのです。この物語を書いたことはおそらく私のその後の創作に影響を与えている。だとしたら、本にして残してあげたいな、と思うようになったんです」


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