ダ・ヴィンチWeb

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年3月号からの転載です。



執筆中、場面や人物の映像は、あまり浮かばないという。


「それより私はリズムと破調ですね。文体や文の長さ、漢字のひらきとか、文章や言葉自体の見た目みたいなところが先にくるんです。詩が好きなので、そこは何となくこだわってしまうところなのかもしれません」


ページを開いたとき、文字そのものが蠢き、余白がせり上がってくるような独特の感覚はそんな執筆作法からくるのかもしれない。SF、ファンタジー、百合小説、ミステリー、そして『海岸通り』に続き、『文學界』掲載の「へび」が芥川賞候補作にと、作品の領域は作品を重ねるごとに広がるばかり。そんな坂崎さんが「正直、自分でも、どういう話になっていくのだろう? と思いながら書いていた」と語る本作は、どんな話? と訊かれてもなかなか説明しがたい。19世紀のサンクトペテルブルクで鍋を囲む3人の男たち。ぐつぐつ煮えているのは当時を代表するバレエダンサー、マリー・タリオーニのトウシューズ。そしていつしかその鍋にはピョートル1世、高崎白衣大観音、令和の大学生などの具材が投げ込まれ――。


「河豚は食いたし命は惜しし、じゃあ、誰かに食べさせてみようという落語の『河豚鍋』を下敷きに1万字程度の掌編で書いたものがあったのですが、編集さんから“これ、面白いから長くしましょう”と言われ、長く書いていったらこんな感じになっていきました。アイデアは、19世紀ヨーロッパを席巻していたタリオーニというバレリーナの靴を男たちがこぞって競り落とし、鍋で煮て食べたという逸話を読んで、単純に面白いなと思ったことから。私はプロットを立てないので、いつもワンアイデアからどうやって話を広げていくか、何を掛け合わせれば、どれくらい面白くなるのか、というところを意識しながら書いていくんです」


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