※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年6月号からの転載です。

「何でも自由に書いて下さい」。そんな執筆依頼があったのは3年前のこと。そこで「じわっと自分が出てきてしまった」と、窪さんは当時を振り返る。
「『夜に星を放つ』で直木賞をいただいた後、同作が癒やしの要素が強い話であったことから、“癒やしの物語を”という依頼が増えました。そこに自分を滲ませることはできるのですが、かつて自分が書いてきた生々しさのようなものはなかなか現れてこない。“自由に”という言葉をいただいたとき、元の自分に戻ったような小説を書きたいと思いました。癒やしを感じさせる物語を書くことが多くなってきてからは、性描写からも少し遠くなっていたので、そこも原点に戻って描いてみたいなと」
40歳目前になった高校の同級生5人各々の視点から描かれていく5編。冒頭の一編「窓辺の夕餉に」は仲間のひとり、菜乃子が死んだ、というLINEメッセージから始まる。語り手は〈私の本当の夢は、結婚をして子どもを産みたいという、凡庸ではあるが、この時代には(私たちの世代では)壮大な夢〉と語る沙耶だ。
「窓辺の風景から見えてくる幸せそうな影からは少し遠い、氷河期世代を書いていきたいと思ったんです。求めているのは、ごく普通の幸せなのに、それをなかなか手に入れることのできない世代を」
自死をした菜乃子について、いつか事を起こすのではないかという予感を沙耶は常に持っていた。〈沙耶にはずっと好きな人がいるね〉。それが仲間のひとり、健太だとわかっていながらも口にしない、菜乃子という人の奥行きのようなものについて思いを馳せる沙耶は、健太とのあやふやな関係を続けている。彼と結婚したい、でも自分に対する気持ちに、健太が名前をつけることができないだろうということも感じている。