妊婦健診で採られた自分の血を、病院から取り戻したい。
そんな衝動に駆られ、女は夜の街へ出る。なぜならその血には、奔放に生きてきた自分の歴史も、他人を傷つけてきた記憶も、すべて刻まれているように思えるからだ。
鈴木涼美『悪い血』(文藝春秋)は、妊娠した三十代の主人公・茜が自らの過去とまだ見ぬ子どもの間をさまよう、ひと晩の黄泉めぐりだ。
こんなふうに生きていたら、いつかきっと罰を受ける。
茜は長い間そう考えてきた。欲望のままに振る舞い、自分自身を粗末に扱ってきたのだから、何が起きても仕方がない。妊娠したことで、これまで自分だけのものだった身体が、まだ見ぬ子どもの身体へとつながってしまった。もしかしたら妊娠それ自体が、罰のはじまりなのではないか……。
茜をとらえているのは明らかな自罰感情だ。罪には必ず罰がくだされるというその思いは、ほとんど信念に近い。この信念はどこからくるのか? 手がかりは茜の過去にある。私たち読者は、病院へ向かう茜とともに彼女の回想を共有する。