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料理家・管理栄養士の長谷川あかりさんが初のエッセイ本『タコ セロリ アボカド』(文藝春秋)を上梓した。そこには、レシピ本に救われたという過去の記憶や、家族や友人との食の思い出が綴られている。彼女が作る料理にはいつも新しい発見があり、私たちをどこか心がときめく場所へと連れ出してくれる。おまけに、クタクタに疲れた人をこれ以上困らせないという優しさまで感じられるのだ。懐がひろいレシピの数々がどんな想いから生まれているのか、インタビューで聞いてみた。


『タコ セロリ アボカド』 (長谷川あかり/文藝春秋)


「自分のための料理」についてみんなで考えたかった


——エッセイの中に「レシピの背景にある自分自身を知ってもらいたい」という言葉がありましたが、どんな想いでエッセイを書き進めましたか?


長谷川あかりさん(以下、長谷川):私自身、料理を作ることで抱えてきた不安やつらい気持ちをレシピ本に救われてきたので、それを書くことであらためて自分の気持ちを理解したいなと。あと、レシピを届けるときに「自分のため」ってしつこいほど言うんですけど、生活のための料理って必ずしも自分のためにするわけじゃないですよね。自分ひとりの食事だったら適当に済ませるなあという場面でも、ほかの誰かが食べるから頑張って作っていることもある。それも「自分のため」が大前提であってほしいけど、家族や友だちのために作ることのすべてが自己犠牲なのかというとそんなこともない気がするので、そこも整理したいと思いました。


——たしかに最近は、自分軸で生きよう、みたいな風潮がありますよね。


長谷川:自分らしく生きるって意外としんどいと思うんですよ。「自分のため」に作った料理でも、誰かに食べてもらって「美味しい」と言ってもらえることが、自分の喜びになったりする。 それを全部ひとりの中で完結できる人もいると思うんですけど 私はたぶん、誰かとのやりとりの中で自分を確かめることが必要だったんですよね 自分は自分だし、自分を好きでいることに理由なんていらないはずだけど、私は「自分を好きでいていい」という理由がないと生きていけなかった。「レシピ通りに作る・自分が食べるあるいは食べてもらう」っていう一連の作業を通して、やっと自分らしさみたいなものを見つけられたというか、パワーをもらえたんです。自分軸の料理ばかり発信してる自分が、あえてそうではない視点をエッセイで流し込むことで、「自分のための料理って結局なんだろうね」「自分の輪郭を保ちながら生活するってどういうことだろうね」みたいなことをみんなで考えられたら楽しいかなっていうのはありました。


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