毎朝、父が顎に滑らせる剃刀が、幼い私の目には大人の象徴として映っていた。頬を覆うシェービングフォームと、ジョリジョリという小気味よい音。父が洗面台で髭を剃る姿に、子供ながら浪漫を感じた。
ある日、私は鏡越しの自分を見て一つの願望を抱く。父が愛用するスプレー缶を試しに押してみると、生クリームのようなきめ細かな泡がたっぷりと吹き出した。わあ、大人。すぐさま顔に撫でつけると、朝の身支度をする父の粉っぽいメントールの香りが鼻を抜けた。
禁断の魅力を放つ剃刀に、子供の好奇心は抗えない。初めて手にする刃物の光を、思わず自分の顎に当ててみる。父の真似をして刃を引いた瞬間、ザクッと肌が切れた感触が走った。
みるみる赤く染まる泡と、遅れてやってきた新鮮な痛みに驚き、私は思い切り泣いた。今思えば当然のことだった。つるつるの肌に剃刀を当てたところで、刈り取れる髭がないのだから。