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殺人事件の犯人を推理する本格もの、最後の数ページで世界がひっくり返るどんでん返し、現実社会の暗部をえぐる社会派、日常に潜む小さな違和感を解き明かすコージーミステリ……。ひと口に「ミステリ」といっても、その楽しみ方は実に幅広い。いま読みたいミステリ小説40作をセレクトした。謎を追う快感だけでなく、人間の怖さや切なさ、読み終えたあとに残る余韻まで味わえる作品ばかりである。


※評価は本記事独自の指標である。「謎」は仕掛けや真相へ読者を引っ張る力、「驚き」は展開・結末の意外性、「読みやすさ」は物語への入りやすさ、「余韻」は読後に残る強さを示す。


▶ババヤガの夜


▶一次元の挿し木


▶禁忌の子


▶謎の香りはパン屋から


▶探偵小石は恋しない


▶今日未明


▶殺し屋の営業術


▶ノウイットオール あなただけが知っている


▶ツミデミック


▶半暮刻


▶方舟


▶インフォーマ


▶ハヤブサ消防団


▶ロスト・スピーシーズ


▶嘘つきジェンガ


▶姫君と侍女 明治東京なぞとき主従


▶無年金者ちとせの告白


▶笑うマトリョーシカ


▶震える天秤


▶この本を盗む者は


▶隣はシリアルキラー


▶縄紋


▶さよなら願いごと


▶出身成分


▶道然寺さんの双子探偵


▶ある閉ざされた雪の山荘で


▶十角館の殺人


▶満願


▶medium 霊媒探偵城塚翡翠


▶屍人荘の殺人


▶悪い夏


▶法廷遊戯


▶元彼の遺言状


▶殺人鬼フジコの衝動


▶カラスの親指


▶告白


▶容疑者Xの献身


▶向日葵の咲かない夏


▶ハサミ男


▶夜市


『ババヤガの夜』(王谷晶/河出書房新社)


ババヤガの夜 王谷晶/河出書房新社


喧嘩と暴力だけが取り柄のように生きてきた新道依子は、ある事件をきっかけにヤクザ組織へ目をつけられ、組長の一人娘・尚子の護衛を命じられる。育ってきた環境も性格もまるで違う二人。依子は身体ひとつで危険を跳ね返し、尚子は組織の中で「娘」として生きることを強いられている。最初はただの護衛対象だったはずの二人の間には、やがて単純な主従関係では説明できない結びつきが生まれていく。


銃や殴り合い、ヤクザ同士の抗争が続くノワールでありながら、本作の核にあるのは女性同士の連帯と、支配から逃れようとする意志だ。とにかく暴力描写の勢いがすさまじく、文章そのものが拳のように飛んでくる。それでいて、読み進めるほど二人の関係が切実に響く。爽快さと痛みを同時に味わえる、唯一無二の犯罪小説である。


評価:謎★★★☆☆/驚き★★★★☆/読みやすさ★★★★★/余韻★★★★★/総合★★★★★


『一次元の挿し木』(松下龍之介/講談社)


一次元の挿し木 松下龍之介/講談社


ある日、大学院生の青年が目にしたのは、身元不明の遺体に関するニュースだった。ところが、その遺体から採取されたDNAが、自分と極めて近い関係を示していることを知り、彼の日常は一変する。なぜ、会ったこともない死者と自分の遺伝情報がつながっているのか。やがて調査は、自身の出生や家族の秘密、そしてさらに大きな謎へとつながっていく。


DNAという科学的な題材を扱いながら、難解な理系ミステリにせず、「自分はいったい何者なのか」という根源的な問いへ落とし込んでいるのが本作の強みだ。科学によって人間の正体を特定できる時代だからこそ、むしろ人間の存在そのものが分からなくなる。その逆説が面白い。特殊設定ミステリや、謎が謎を呼ぶタイプの作品が好きな人におすすめしたい一冊である。


評価:謎★★★★★/驚き★★★★★/読みやすさ★★★★☆/余韻★★★★☆/総合★★★★★


『禁忌の子』(山口未桜/東京創元社)


禁忌の子 山口未桜/東京創元社


救急医として働く武田のもとに、ある日ひとりの遺体が運び込まれてくる。ところが、その死者の顔は、まるで自分自身を見ているかのように武田と酷似していた。身元不明の男はいったい誰なのか。なぜ自分と同じ顔をしているのか。医師という立場を生かして調べを進めるうち、武田は自らの出生や家族にまつわる、決して触れてはいけない秘密へ近づいていく。


医療現場というリアリティのある舞台と、「自分と同じ顔をした死体」という強烈な導入を組み合わせた本格ミステリである。謎を解くほど安心するのではなく、むしろ知りたくなかった事実へ近づいていく感覚が怖い。科学と家族の秘密、倫理的な問題まで絡み合うため、単なる犯人当てでは終わらない。重厚な本格ミステリを一気読みしたい人におすすめだ。


評価:謎★★★★★/驚き★★★★★/読みやすさ★★★★☆/余韻★★★★★/総合★★★★★


『謎の香りはパン屋から』(土屋うさぎ/宝島社)


謎の香りはパン屋から 土屋うさぎ/宝島社


大学生の小春がアルバイトをしているのは、街の小さなパン屋。店には毎日、パンを買いに来る常連客や、一見どこにでもいそうな人々が訪れる。だが、何気ない会話や注文、パンの選び方の中には、ときに小さな「謎」が紛れ込んでいる。小春は店で起こる違和感に気づき、人々の言葉や行動を手がかりに、その背景を解き明かしていく。


殺人や凄惨な犯罪ではなく、日常の中に潜む不思議を扱うコージーミステリなので、重い作品が苦手な人にも読みやすい。パン屋という親しみやすい舞台も魅力で、焼きたての香りまで漂ってきそうな空気感の中で、謎が少しずつほどけていく。人間関係の機微や、誰かのちょっとした秘密を丁寧に追うタイプのミステリが好きな人におすすめだ。


評価:謎★★★★☆/驚き★★★☆☆/読みやすさ★★★★★/余韻★★★★☆/総合★★★★☆


『探偵小石は恋しない』(森バジル/小学館)


探偵小石は恋しない 森バジル/小学館


恋愛に興味がない探偵・小石を中心に、複数の謎と仕掛けが折り重なっていく本格ミステリ。舞台は小石探偵事務所。この事務所の代表でミステリオタクの小石は、名探偵のように華麗に事件を解決する日を夢見ている。だが、色恋調査が「病的に得意」な小石のところに来る依頼は浮気調査ばかり。小石は色恋沙汰に辟易としながらも、相談員の蓮杖とともに、奇妙な依頼と向き合っていく――。


読みやすい人物造形と軽快な会話でぐいぐい進ませながら、「そこでそうつながるのか」と思わせる構成の巧さが光る。難解な論理パズルだけを楽しむ作品ではなく、物語そのものを楽しんでいるうちに、いつの間にか作者の仕掛けの内側に取り込まれているタイプだ。クライマックスにかけて世界が何度もひっくり返る振り回されている感と、読み違いをしていた自分を恥じてしまうような、そんな不思議な読書体験が楽しめる。本格ミステリ初心者にも、読み慣れた人にもおすすめしたい一冊である。


評価:謎★★★★★/驚き★★★★★/読みやすさ★★★★★/余韻★★★★☆/総合★★★★★


『今日未明』(辻堂ゆめ/徳間書店)


今日未明 辻堂ゆめ/徳間書店


新聞やネットニュースで報じられる「事件」は、ほんの数行で理解した気になれてしまう。だが、その見出しの向こうには、どれだけ複雑な人生が隠れているのか。本作は、ニュースとして消費される事件の背景へ踏み込み、「報道された事実」と「本当に起きたこと」の距離を描くミステリである。


「マンション女児転落死 母親の交際相手を緊急逮捕」


上のように書かれたニュースの見出しを見ると、大方の人が「母親の交際相手による虐待事案」だと判断するだろう。記事中では、女児の背中や手足に多数のあざがあったことも報じられている。だがその真相を探っていくうちに、記事の見出しだけを見て勝手に解釈して思い込んでいた自分に気づかされる――。いったい転落死した女児に何があったのか?


派手なトリック以上に、人はなぜ一面的な情報を信じてしまうのかという問いが刺さる。事件記事を見る目まで少し変わってしまうような一冊だ。


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