大人気の令嬢系漫画ジャンルにおいて、王道設定でありながら新鮮な魅力を放つ作品が『「くじ」から始まる婚約生活~厳正なる抽選の結果、笑わない次期公爵様の婚約者に当選しました~』（秋風きのこ/フレックスコミックス）である。

　干ばつによって穀物しか育たない田舎の貧乏貴族の娘であるベルは、18歳にしてようやく社交界デビューを果たす。普段はなかなか食べることができない生野菜やフルーツが楽しみで仕方がない食いしん坊の彼女が、突如として次期公爵アレンの婚約者に選ばれることから物語は始まる。社交界に到着すると同時に突然婚約者となったベルだが、実は逃げた婚約者の代わりとして「くじ」で選ばれたのだった。そんな運命の悪戯から始まる2人の初恋物語だ。

　突然の婚約話を前に、故郷と家族を守るためならばと即座に決断するベル。そして、与えられた環境に柔軟に適応していくベルの愛され力は見事である。ライバルと目される貴族令嬢の嫌味すら、純粋な褒め言葉として受け止めてしまう様子は、見習いたくなるほど。嫌味になりかねない天真爛漫さと鈍感さが、作品に絶妙なユーモアを添えている。

　一方、周囲から冷徹な印象を持たれている次期公爵アレン。婚約を単なる義務として割り切り、愛情など不要と考える彼の性格には、その生い立ちが大きく影響している。しかし、明るく前向きなベルと接するうちに、少しずつ冷え固まっていた心が動き出す。贈り物をする場面や、思い出し笑いをする姿など、ふとした瞬間に見せる彼の溺愛モードが、読者の心をくすぐる。

　次第に距離を縮めていく2人だが、「くじ」によって選ばれた婚約者という事実が、重要な伏線となり物語に深みを与えている。この事実を知ったベルは、果たしてアレンを受け入れられるのだろうか。

　本作は無愛想ヒーロー×健気ヒロインというまさに令嬢系漫画の王道設定という2人。応援したくなるかわいらしさと、お互いの想いになかなか気づけない、じれキュン展開が魅力である。特に癒やしと胸キュンを求める人におすすめしたい一冊だ。

文＝ネゴト / Ato Hiromi